「退職金とiDeCo、どっちを先に受け取れば得ですか?」
iDeCoの出口戦略を調べると、たいていこの問いから話が始まります。
僕もかつて、ここで何日も悩みました。
でも先に結論を言います。
2026年からの10年ルールのもとでは、受け取る順番を変えても控除は1円も増えません。退職金の時期は、iDeCoほど自由に決められません。
動かしにくい方を、悩んでいたわけです。
自由に動かせるのは、iDeCoの「終わらせ方」です。
具体的には2つ。
拠出を止める年と、受け取る年。
iDeCoは月5,000円から続けられて、いつでも止められて、受け取りは75歳まで自分で選べます。
仕事より続けやすく、やめやすい。
だからこの2つに集中するのが、出口戦略の正しい悩み方です。
たとえば勤続38年・退職金2,500万円・iDeCo1,000万円の会社員なら、60歳で退職金と同じ年に受け取ると税金は約176万円。
拠出を5年続けて66歳で受け取ると約113万円。
差は約64万円で、暴落中なら待てるおまけまで付きます(試算の前提は本文で示します)。
- 受け取る順番で控除が増えない理由(控除の正確な計算方法)
- 拠出を止める年を遅らせると控除が生まれる仕組みと、続けられる人の条件(2026年12月改正)
- 受け取る年の決め方――退職金と分ける、暴落なら待つ
- 一時金で受け取った後の置き場所
「退職金が多い人はiDeCoをやらない方がいい」という入口の議論ではなく、すでに積み上げてきた人が出口をどう閉じるかの話です。
iDeCoを軸に書きますが、退職所得控除の仕組みは企業型DC(確定拠出年金)でも同じなので、DC加入者の方もそのまま読めます。
10年ルール後、受け取る順番で控除は増えない
まず、出口戦略の記事で必ず出てくる「順番」の話を片付けます。
退職金もiDeCoの一時金も、税金の計算では同じ「退職所得」です。
退職所得控除という大きな非課税枠があり、勤続年数(iDeCoなら掛金を出した年数)で枠の大きさが決まります。
| 勤続年数(iDeCoは加入年数) | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 年数(80万円未満は80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 × (年数 − 20年) |
問題は、退職金とiDeCoを別々の年に受け取ると、控除の枠が「重なる」ことです。
会社に勤めていた期間と、iDeCoに掛金を出していた期間は、たいてい同じ時期に重なっています。
税法はこの重複を見逃しません。
iDeCoを先に受け取り、その後に退職金を受け取る場合は、退職金を受け取る年の前年以前9年内にiDeCoの一時金があると、重複分が調整されます。
2026年1月1日以後に受け取った一時金から適用される、いわゆる「10年ルール」です(以前は4年内=5年ルールでした)。
退職金を先に受け取り、その後にiDeCoを受け取る場合は、iDeCoを受け取る年の前年以前19年内に退職金があると、同じく調整されます。
こちらは「20年ルール」で、19年ルールと呼ばれることもあります。
以前は「60歳でiDeCoを受け取って、65歳で退職金」と5年空ければ、両方の控除をまるごと使えました。
10年ルールで、この技は会社員にはほぼ使えなくなりました。
では、どちらのルールも使えない普通の会社員は、順番で損得が変わるのでしょうか。
変わりません。どちらの順でも、先に受け取る側が控除をフルに使い、後に受け取る側から「重複した期間ぶんの控除額」を差し引くだけです。
控除の合計はどちらの順でも同じになります。
たとえば勤続38年(控除2,060万円)で、iDeCoに45歳から60歳まで15年入っていた人。
退職金を先に受け取れば、退職金側の控除が2,060万円、iDeCo側は600万円から重複15年ぶんの600万円を引いてゼロ。
iDeCoを先に受け取れば、iDeCo側が600万円、退職金側は2,060万円から600万円を引いて1,460万円。
合計はどちらも2,060万円です。
よく「重複している年数を差し引いて計算する」と説明されますが、正確には違います。
退職金側とiDeCo側でそれぞれ控除額を計算し、重複している期間に相当する控除額を金額で差し引きます(所得税法施行令70条)。
だから、重複していない年数のぶんだけ控除が残ります。この違いが、次のセクションの鍵になります。
👉 順番に悩む時間は無駄です。考えるべきは、iDeCoの終わらせ方だけ。
終了時期①|拠出を止める年を遅らせると、控除が生まれる
さっきの例で「iDeCo側の控除はゼロ」と書きました。
15年の加入期間が、38年の勤続期間にすっぽり収まっているからです。
では、退職した後もiDeCoの拠出を続けたらどうなるか。
退職後の1年は、会社の勤続期間と重なっていません。
つまり「重複していない期間」が新しく生まれます。
iDeCoの加入年数は16年、控除は640万円。
そこから重複15年ぶんの600万円を引いて、40万円の控除が残ります。
5年続ければ加入20年で控除800万円、重複分を引いて200万円です。
これが「1年ずらせば得」と言われる話の正体です。
控除が別枠でもう一度使えるのではなく、退職後に拠出を続けた年数のぶんだけ、控除が新しく生まれる。
1年40万円(すでに20年以上入っている人は1年70万円)。
退職と同時に拠出を止めて「運用指図者」になれば、この控除は1円も生まれません。

続けられる人、続けられない人
ここで多くの解説が飛ばしている前提があります。
60歳を過ぎたら、誰でもiDeCoの拠出を続けられるわけではないことです。
iDeCoに掛金を出すには、原則として国民年金の被保険者である必要があります。
2026年11月分までの現行制度で、60歳以降も拠出できるのは次の人です。
- 再雇用・継続雇用などで厚生年金に入り続ける人(国民年金の第2号被保険者)
- 国民年金の保険料を納めた期間が480か月に満たず、60〜65歳で任意加入する人(大学時代を学生納付特例のままにした22歳就職組は、456か月で2年分が該当しやすい)
- 60歳前に早期退職した人(自営・無職なら第1号、配偶者の扶養なら第3号として、60歳まで)
逆に、40年きっちり納め切って60歳で完全にリタイアする人は、現行では運用指図者になるしかありません。
この壁が、2026年12月分(2027年1月引き落とし分)から大きく下がります。iDeCoの加入者・運用指図者だった人は、国民年金の被保険者でなくても70歳になるまで拠出を続けられるようになります(新設の「第5号加入者」)。
条件は、老齢基礎年金やiDeCoの老齢給付金をまだ受け取っていないこと、マッチング拠出をしていないこと。
老齢基礎年金だけ繰り下げて老齢厚生年金を受け取っている人は対象です。
施行から3年間(2029年11月末まで)は、上の条件に当てはまらない60〜70歳の人も加入できる経過措置もあります。
改正の全体像と、掛金を増やすべきかどうかの損得は、こちらで検証しています。
→ iDeCoの2026年12月改正はいつから?|上限6.2万円に増額すべきかは「還付の使い方」で決まる
続けるのは月5,000円でいい
拠出を続ける目的は、節税ではなく「重複しない年数」を作ることです。
だから金額は最低の月5,000円で構いません。
5年続けた場合のコストは、掛金30万円と手数料(国民年金基金連合会に月105円、2027年1月引き落とし分からは月120円。信託銀行に月66円)で、5年合計およそ31万円。
掛金は自分の資産として残るので、実質の持ち出しは手数料の1万円程度です。
それで生まれる控除が200万円。
退職所得は控除後の金額を半分にして課税するので、課税所得で100万円の差です。
税率20%の帯なら、手取りで30万円前後変わります。
なお企業型DCに入っていた人は、退職後6か月以内にiDeCoへ移換の手続きが必要です。
放置すると国民年金基金連合会に自動移換され、運用は止まり手数料だけ引かれます。
移換したうえで、拠出を続けるかどうかを決めてください。
👉 続けるのは月5,000円でいい。止めた瞬間に、出口の控除は止まります。
終了時期②|受け取る年を退職金と分ける・暴落なら待つ
もう一つの操作は「受け取る年」です。効くポイントは2つあります。
年を分けると、累進が2回リセットされる
退職所得は、他の所得と切り離して(分離課税)、控除後の半分に累進税率をかけます。
退職金とiDeCoを同じ年にまとめると、課税所得が1つに積み上がって高い税率帯に届きやすい。
別の年に分ければ、それぞれが低い税率帯からやり直せます。
この「年を分ける」効果と、さっきの「続けた年数分の控除」を合わせて試算したのが次の表です。
前提:勤続38年(22→60歳)・退職所得控除2,060万円・iDeCoは45〜60歳の15年加入・評価額1,000万円(税の効果だけを見るため、受け取り時期をずらしても評価額は据え置き)・所得税は速算表に復興特別所得税を加算・住民税10%。
| 退職金 | 60歳・同じ年にまとめて受取 | 翌年にiDeCo受取 (拠出1年継続) | 66歳にiDeCo受取 (再雇用で拠出5年継続) |
|---|---|---|---|
| 1,500万円 | 34.5万円 | 54.7万円 | 38.5万円 |
| 2,000万円 | 99.3万円 | 96.3万円 | 71.9万円 |
| 2,060万円 (控除と同額) | 108.5万円 | 102.4万円 | 78.0万円 |
| 2,500万円 | 176.1万円 | 136.9万円 | 112.5万円 |
| 3,000万円 | 267.0万円 | 201.7万円 | 177.4万円 |
(税額は退職金とiDeCoの合計。計算はそれぞれ控除→1/2→速算表の順。試算スクリプトは筆者作成)
読み方は単純です。
退職金が控除を超える人は、分ける一択です。
超え幅が大きいほど差は開き、退職金3,000万円なら5年継続で90万円近く変わります。
退職金が控除を大きく下回る人(表の1,500万円の行)は、同じ年にまとめる方が税額は小さくなります。
控除の余りをそのままiDeCoに充てられるからです。
ただし、分けた場合も「前の退職金が控除に満たないときは、その分だけ重複期間を短くみなす」という規定(施行令70条2項)があって、余りは実質的に繰り越されます。
換算が粗いぶん目減りしますが、大きく損をするわけではありません。
そして5年続ければ、差はほぼ消えます。
この表に入っていない、分ける側の利点が2つあります。
受け取るまで非課税で運用が続くこと。
そして、暴落なら待てることです。
暴落中は受け取らない――75歳までの猶予は、順序リスクの保険
iDeCoは60歳から受け取れますが、開始時期は75歳になるまでの間で自由に選べます(60歳から受け取るには、通算加入者等期間が10年以上必要です。10年未満なら開始できる年齢が繰り下がります)。
株式運用の最大のリスクは、暴落の直後に取り崩しを始めてしまうこと(順序リスク)です。
回復する前に売ってしまうと、その後の上昇を取り逃します。
取り崩しの局面で一番避けたい事態です。
iDeCoには、この順序リスクを制度の中で避けられる構造があります。
暴落していたら、受け取らない。
回復してから受け取る。
それだけです。
60歳から数えて最大15年の猶予があり、過去の世界株式で15年たっても戻らなかった暴落はありませんでした(これからも続くと約束されたものではありません)。
「受け取る年を分ける」設計は、この猶予と自然に両立します。
退職金の翌年以降ならいつでもいい。
暴落していたら、もう少し待つ。
ここからは僕個人の方針です。
受け取り直前までほぼ株式100%で運用しています。
受け取り時期を自分で選べる資産には、年齢に合わせて株式比率を下げる必要がないと考えているからです。
ターゲットデートファンドのように目標年に向けて自動で債券に寄せる商品は、この「待てる強み」を自分で捨てることになるので選びません。
リスクを落としたいなら、商品を変えるのではなく、運用資金の中の現金の割合で調整します。
ただしこれは、受け取りを延ばせる経済的余裕(他の資産で生活費をまかなえる状態)が前提です。
退職と同時にiDeCoを生活費に充てる予定の人は、暴落中に延期できないので、株式100%にはできません。
僕はここで線を引く
割り切れない論点なので、僕の線引きを書いておきます。
退職金が控除の前後に収まる会社員なら、迷わず「拠出は止めない・受け取りは退職金の翌年以降・暴落なら待つ」。
同じ年にまとめるのは、退職金が控除を大きく下回り、かつ退職後に拠出を続けられない人だけ。
この2つの条件が両方そろう人は、そう多くありません。
👉 受け取る年を決め打ちしないだけで、税金も順序リスクも同時に軽くなります。
一時金か年金か|公的年金等控除が余る人だけ年金
受け取る年が決まれば、受け取り方はほぼ自動で決まります。
一時金で受け取れば退職所得。
退職所得控除、1/2課税、分離課税の3つの優遇が重なります。
年金で受け取れば雑所得で、使えるのは公的年金等控除です。
この控除は国民年金・厚生年金と合算なので、会社員として長く働いた人はたいてい公的年金だけで使い切ります。
iDeCoを年金にしても追加の控除はほぼなく、所得税・住民税に加えて社会保険料の計算にも乗ってきます。
さらに年金受け取りには、受け取るたびに給付手数料440円がかかります(一時金なら1回だけ)。
数字だけで判断する限り、僕は一時金を基本にしています。
年金受け取りが合理的になるのは、公的年金が少なくて公的年金等控除が余る人、退職所得控除をどうしても使えない事情がある人、キャッシュフローの安定を税より優先したい人に限られます。
金融機関によっては一時金と年金の併用もできますが、それも公的年金等控除に余りがある人向けの選択肢です。
※公的年金そのものをいつから受け取るか(繰り上げ・繰り下げ)は、保有資産の規模で答えが変わる別の論点です。
受け取った後の置き場所|NISAが埋まっている人は特定口座
一時金で受け取って終わり、ではありません。
受け取った数百万〜数千万円をどこに置くかも、出口設計の一部です。
iDeCoを長く積み上げてきた人の多くは、新NISAの生涯投資枠1,800万円も並行して埋めているはずです。
となると、受け取った一時金の置き場所は特定口座になります。
選択肢は3つ。
全額を現金で持つ、一部を現金にして残りを特定口座で運用する、全額を特定口座で運用する。
合理的なのは真ん中です。
暴落時の取り崩しに備えて生活費3〜5年分を現金で確保し、残りはそれまでと同じインデックスファンドを特定口座で持ち続けます。
60歳で受け取っても、平均余命を考えれば運用期間はまだ20年以上あります。
「出口だから守りに入る」という発想で、高配当株や毎月分配型に乗り換える必要はありません。
特に、リタイア後のキャッシュフローが欲しいという理由でそれらに切り替えるのは、長期投資の方針そのものを崩す動きです。
配当や分配で得られる「キャッシュフローらしきもの」は、結局は自分の元本を切り崩しているのと同じ構造で、税金とコストだけ余計に発生します。
必要なときに必要な分だけ売る方が、はるかに効率的です。
判断力に不安があれば、定額(もしくは定率)の自動売却サービスを使いましょう。
退職金の置き場所と、複数の口座からどの順に取り崩すかは、それぞれ別記事で整理しています。
→ 退職金500万・1000万・2000万の置き場所|銀行の”特別プラン”を断ってからの設計図
👉 受け取った後の運用は、それまでの方針をそのまま延長する。出口で商品を変える必要はありません。
まとめ:出口戦略は「iDeCoをいつ終わらせるか」に集中する
退職金の時期は、iDeCoほど自由に決められません。
しかも10年ルール後は、順番で控除は増えません。
考えるべきは、iDeCoの終わらせ方だけです。
- 退職金との順番で悩まない(順番で控除は増えない。自由度を高めたいならiDeCoを後に)
- 退職しても拠出を止めない(再雇用・任意加入、2026年12月からは第5号加入者。月5,000円でいい)
- 受け取る年は退職金と分ける(控除を大きく余らせる人だけ例外)
- 暴落中なら受け取りを延期する(75歳まで待てる)
- 一時金で受け取り、生活費3〜5年分を現金に、残りは特定口座で運用を続ける
iDeCoは仕事より続けやすく、やめやすい資産です。
退職金の受け取り時期はほぼ決まっていますが、iDeCoは「あと何年続けるか」「どの年に受け取るか」を自分で決められます。
出口戦略の悩みどころは、そこだけです。
→ iDeCoの受け取りは、資産全体の出口戦略「3つの判断」の1つ。取り崩しの率と順番まで含めた全体地図はこちら
📚 制度の「歪み」を、自分の側に引き寄せる本
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退職後の1年、月5,000円の拠出を続けるだけで、控除が40万円生まれる。
こういう制度の継ぎ目にある小さな歪みを見つけて拾うのが、橘玲さんの『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』の主題です。
iDeCoの出口はまさに、その「黄金の羽根」が落ちている場所だと僕は思っています。
この本を読んでから、僕は制度の説明を「こう使うべき」ではなく「どこに継ぎ目があるか」で読むようになりました。
10年ルールも第5号加入者も、パンフレットの1行にすぎません。でもその1行の使い方で、出口の手取りは数十万円変わります。
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本記事は筆者の個人的な見解・実体験にもとづく情報提供を目的としており、投資・保険の勧誘を目的としたものではありません。投資にはリスクが伴います。実際の投資判断はご自身の責任において行ってください。特定の金融商品・サービスの購入を推奨するものではありません。
