「今の含み益なら、暴落が来ても元本割れしないはず」。
積立を何年か続けていると、この感覚が生まれます。評価額の下に積み上がった含み益が、暴落から守ってくれるバリアのように見えてくる。実際、僕もそう思ったことがあります。
では、その「含み益バリア」は何%あれば足りるのか。
答えは算数で出ます。資産が半分になっても元本を割らないために必要な含み益は、ちょうど +100%。これは検証するまでもなく決まっている数字です。
問題はその先でした。円建て77年のデータで「積立N年目の人が実際にいくら含み益を持っていたか」を数え、過去の暴落5回に当てはめてみると——算数どおりに耐えた人がいて、算数どおりなのに耐えられなかった人がいて、そして「耐えた人」が最も大きな金額を失っていました。
そして先に言っておきます。この記事は途中から、「含み益がいくらあれば安心か」という問いそのものを疑い始めます。答えは出るのに、その答えが安心につながらないからです。
- 暴落の深さ別「元本を割らないために必要な含み益」の算数(50%下落なら +100%)
- 円建て77年で、毎月積立N年目の人が実際に持っていた含み益。+100%に届いたのは15年目
- 過去の暴落5回の実測。+137%の含み益を持っていた人が、それでも元本を割った理由
- それでも僕が含み益を見ない理由と、代わりに見ている1つの問い
50%の暴落に耐える含み益は「+100%」|必要な厚さは算数で決まる
まず算数から片付けます。
いま持っている資産の評価額が元本の(1+g)倍、つまり含み益 g%。ここに d% の下落が来ると、評価額は (1+g)×(1−d) 倍になります。これが元本の1倍を下回らない条件を解くと——
必要な含み益 = d ÷ (100−d)
それだけです。表にするとこうなります。
| 暴落の深さ | 元本を割らないために必要な含み益 |
|---|---|
| −20% | +25% |
| −30% | +43% |
| −40% | +67% |
| −50% | +100% |
| −58%(リーマン・円建て) | +138% |
| −60% | +150% |
半分になっても元本を守りたいなら、倍になっていないといけない。直感より重い数字だと思います。−30%までなら+43%で足りるのに、−50%では一気に+100%。深さが1.7倍になると、必要なバリアは2.3倍になる。ここは非線形です。
そして「−50%」は、想像上の数字ではありません。円建てのS&P500は2007年6月から2009年3月にかけて −58% 沈みました。リーマン・ショックです。この深さに耐えるには、+138% の含み益が必要だったことになります。
👉 必要な含み益は、暴落の深さで機械的に決まる。半値に耐えたいなら、資産が倍になっているしかない。
毎月積立N年目の含み益はいくらだったか|+100%に届いたのは15年目
算数の答えは出ました。次は現実です。毎月積立をN年続けた人は、その時点で実際いくら含み益を持っていたのか。
前回までと同じデータ——S&P500を円換算した1949年4月〜2026年7月の月次データで、開始月を1ヶ月ずつずらした全パターンについて、N年目の含み益率を数えました。15年目なら749通り、20年目なら689通りです。為替込みの円建てで検証する理由はこちらで書いています。

中央値でたどるとこうでした。
| 積立年数 | 含み益の中央値 | +100%を超えていた割合 |
|---|---|---|
| 3年目 | +17.0% | 0% |
| 5年目 | +29.9% | 3.8% |
| 10年目 | +68.5% | 29.8% |
| 15年目 | +105.6% | 54.2% |
| 20年目 | +152.3% | 71.1% |
| 25年目 | +196.4% | 84.6% |
「半値に耐えられる含み益」の中央値が+100%を超えたのは、積立15年目でした。
言い換えると、積立の前半戦——5年目や10年目の時点で「半分になっても大丈夫」と言えた人は、過去には少数派だったということです。10年目でも約7割は+100%に届いていませんでした。
ここまでは、質問に素直に答えた結果です。「いくら含み益があれば安心か」→ 半値なら+100%、それが手に入るのは積立15年目あたりから。
でも、この表を作りながら、僕はずっと引っかかっていました。中央値の話をしているうちは、誰の役にも立っていないからです。
👉 過去の記録では、+100%の含み益が中央値で手に入ったのは積立15年目。前半戦には、そもそも存在しないバリアだった。
実際の暴落5回で、含み益はどこまで削られたか|同じ積立10年目が+32%と−38%
中央値は「たくさんの開始月をならした数字」です。あなたの暴落は1回しか来ません。
そこで、円建てで30%超下げた5つの局面について、そのピーク時点で積立N年目だった人の含み益と、底での損益を実測しました。

同じ「積立10年目」の行を横に読むと、こうなります。
- 1973年1月ピーク:+34% → 底で −19%
- 1976年12月ピーク:+21% → 底で −21%
- 1987年8月ピーク:+108% → 底で +32%
- 1999年7月ピーク:+206% → 底で +63%
- 2007年6月ピーク:+49% → 底で −38%
同じ年数を積み立ててきたのに、暴落を迎えたときの手持ちの含み益バリアは+21%から+206%まで、10倍近い幅がありました。「積立◯年目ならこれくらい含み益がある」は、直前の相場が良かったか悪かったかを丸ごと引き受けた結果でしかありません。
そしてもう1つ、算数の答え合わせになる行があります。2007年6月の積立15年目です。
リーマン・ショックの円建ての深さは−58%。算数上、耐えるのに必要な含み益は+138%。そしてこの人が持っていたのは、+137%でした。ほぼぴったり。
結果は——−5%。わずかに元本を割りました。
算数より少しだけ悪くなる理由=希釈
算数がわずかに外れるのは、暴落が「一瞬」ではないからです。
暴落は数ヶ月から数年かけて進みます。その間も積立は続き、新しい元本が毎月入ってくる。入ったお金は下がった価格で買えるので将来には効きますが、入れた瞬間は含み益ゼロの元本として合計に加わる。だから、含み益「率」は分母が増えて薄まっていきます。
実際の例です。1994年8月から積み立てて、1999年7月のピーク時に+120%の含み益を持っていた人。その後ITバブル崩壊で円建て−36%。算数では +40% が残るはずでした。実測は +13% です。43ヶ月かけて下げる間に、新しい元本が含み益率を薄めました。
これは積立が不利という話ではありません。むしろ安く買えた分は後の回復を引っ張ります(積立が浅く沈み早く戻った検証はこちら)。ただ、「含み益◯%あるから大丈夫」という計算は、現実には少し甘めに出る。それだけは押さえておきたい事実です。
👉 含み益は、暴落の深さと直前の相場と時間経過で決まる。あなたが選べる変数ではない。
含み益+32%・元本割れゼロ。それでも4,525万円が消えた
ここからが、この記事の本題です。
上の表でいちばん成績が良かった行を見てください。2007年6月のピーク時に積立20年目だった人。含み益+232%、底でも+32%のプラス。リーマン・ショックの間、一度も元本を割っていません。
この人は、含み益バリアの検証における完全な勝者です。
では、この人に何が起きたのかを、金額で見てみます。1987年7月から月10万円を積み立て続けた場合です。

- 2007年6月(積立20年目):評価額 7,971万円 / 累計元本 2,400万円 / 含み益 +232%
- 2009年3月(底):評価額 3,446万円 / 累計元本 2,610万円 / 含み益 +32%
消えた金額、4,525万円。評価額は−57%。
含み益は最後までプラスでした。元本割れは一度もしていません。「含み益バリア」は完璧に機能した。にもかかわらず、この人の目の前からは4,525万円が消えています。20年かけて積み上げた元本2,400万円の、およそ2倍の金額です。
もしあなたが2009年3月にこの口座を開いて「含み益はまだ+32%あるから大丈夫」と思えるなら、それは相当に強い。でも普通は思えません。7,971万円が3,446万円になった、という事実の方が圧倒的に重いからです。
👉 含み益が守ってくれるのは「元本」であって、「あなたが持っていたお金」ではない。
なぜ僕は含み益を見ないのか|判断をゆがめる2つのアンカー
ここで、記事の冒頭に置いた問いをひっくり返します。
「いくら含み益があれば耐えられるか」という問いは、元本=自分が買った価格を基準にしています。でも、市場はあなたの取得価格を知りません。あなたが2015年に買ったか2024年に買ったかは、明日の株価に1円も影響しない。元本は、あなたの過去の行動が偶然そこに置いた線です。
行動経済学でいうアンカリング——ある基準値に、その後の判断が引きずられる現象です。そして投資で厄介なのは、アンカーが2つあることです。
- 取得価格のアンカー:「まだ含み益があるから平気」「元本を割ったから撤退」
- ピーク時の評価額のアンカー:「あの時8,000万円あったのに」
正直に白状します。さっき僕が「4,525万円が消えた」と書いたのは、後者のアンカーです。実際には消えていません。3,446万円はそこにあります。それでも僕は「消えた」と書いたし、あなたも読んでそう感じたはずです。アンカーはそれくらい強い。
しかもこの2つは、逆を向いています。取得価格をアンカーにすれば「まだプラスだから平気」と強気になり、ピークをアンカーにすれば「半分になった」と絶望する。同じ口座・同じ日・同じ金額で、正反対の結論が出る。どちらも市場とは無関係な、自分の過去が置いた線だからです。
だから僕は、含み益率をほとんど見ていません。見ているのは今の評価額そのものです。
そして、握力の点検に使っている問いは1つだけ。
今の評価額が、明日から半分になったとして。それでも僕は積立を続けられるか。
この問いには含み益が出てきません。取得価格も、ピークの記憶も出てきません。今そこにある金額が半分になる、という一点だけ。アンカーがどこにあろうと、半分は半分です。だから、この問いの答えだけはぶれません。
この人は、この問いに「はい」と答えられていれば助かりました。含み益+32%という数字ではなく、「7,971万円が4,000万円になっても続ける」と事前に決めていたかどうか。実際に必要だったのは、そちらです。
そしてこの問いの答えが「いいえ」なら、やるべきことは含み益が貯まるのを待つことではありません。順番はこうです。
- 生活防衛資金と数年内に使うお金を、割合ではなく金額で確保して運用の外に置く(「NISA貧乏」との付き合い方はこちら)
- それでも半分に耐えられないなら、運用資金の中身=株式と現金の割合を調整してリスクの量を下げる
どちらも「含み益が育つのを待つ」より、はるかに確実に効きます。
👉 含み益は過去の記録。判断に使うべきなのは、今の評価額が半分になっても続けられるかどうか、それだけ。
それでも、含み益で安心していい|合理性と感情は同居できる
ここまで書いておいて、最後にひっくり返し返します。
「含み益に経済的な意味はない」は合理性の話です。
「含み益があると安心する」は感情の話です。
この2つは矛盾しません。両方が同時に存在していい。
僕自身、暴落のさなかに「まだ含み益がある」と思って救われたことがあります。それを自分に禁止する必要はまったくないと思っています。含み益バリアは、意思決定の道具としては使えないけれど、続けるための気休めとしては優秀です。そして長期投資において、続けられることは何より重要です(「含み益バリア」という言葉が生まれた日の話)。
線を引くとしたら、ここです。
- ✅ 含み益を見て安心する(感情の燃料として使う)
- ❌ 含み益を見て売買を決める(意思決定の基準として使う)
「含み益が減ってきたから一部利確しよう」「含み益がなくなったから撤退しよう」。ここに含み益を持ち込んだ瞬間に、取得価格という無関係な線が判断を左右します。それだけは避けたい。
👉 合理性と感情は、同居していい。含み益は安心材料として持っておき、判断からは外す。
この「+100%」を、どこまで信じていいか
数字が独り歩きしないよう、限界を書いておきます。
- 「+100%」は算数であって、検証結果ではありません。半値に対して倍、という定義上の関係です。将来の暴落の深さは誰にもわからないので、必要なバリアの厚さもわかりません
- 「積立15年目」は円建て77年の記録です。世界恐慌級を含む期間を入れれば、この年数は延びた可能性が高い数字です
- S&P500を使ったのは、長期の月次データがあるからです。S&P500の推奨ではなく、米国株の過去が例外的に恵まれていた可能性は消せません
- 円建ては名目です。物価を調整すると、含み益の実質的な厚みは目減りします
- 税金・売買コスト・信託報酬は引いていません
- 暴落5回は、それぞれ1回きりの出来事です。統計ではなく実例として読んでください
まとめ|含み益の厚さより、「半分になっても続けられるか」
過去はこうでした。
- 元本を割らないために必要な含み益は算数で決まる。−50%なら+100%、−58%なら+138%
- 円建て77年で、その+100%に中央値が届いたのは積立15年目。前半戦には存在しないバリアだった
- 実際の暴落では希釈が効く。+137%持っていた人がリーマンで−5%まで沈んだ
- 最大の勝者——含み益+232%→+32%で元本を守り切った人からは、4,525万円が消えていた
- 守られるのは元本であって、あなたが持っていたお金ではない
👉 「含み益がいくらあれば安心か」は、答えは出るが、答えても安心にはつながらない。効くのは1つだけ——今の評価額が半分になっても、続けられるか。
含み益は、見て安心するために持っておけばいい。ただ、それを判断の基準にはしない。
過去のデータにできるのは、そこまでの足場を作ることです。
- データ:Robert Shiller公開のS&P500月次データ(配当再投資)。円建て=円換算・名目(ドル円はBIS国際決済銀行の月中平均 1957年〜、1949年4月〜1956年は固定相場の360円。日銀の月中平均とクロス検証済み)
- 含み益率=評価額÷累計元本−1。毎月定額買付・買付直後に評価
- 含み益の分布は開始月を1ヶ月ずつずらした全期間で集計(15年目=749通り、20年目=689通り)
- 暴落の判定は、円建て終値ベースで直近高値から30%超下げた局面
- 税・売買コスト・信託報酬は未考慮
- すべて過去の結果であり、将来の成果を約束するものではありません
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前作。毎月積立の元本割れが消えるまでに何年かかったかを、同じ77年で数えた検証です。

そのもとになった「15年使わないお金なら元本割れしない」の検証(一括前提)です。

最高値の局面で「もうすぐ暴落では」と感じたときに読む記事です。

📚 「含み益を見て安心する自分」を客観視したい人への1冊
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「まだ含み益があるから平気」と思う日もあれば、「あの時より減った」と落ち込む日もある。
同じ口座を見ているのに、感じ方だけが勝手に揺れます。
この本は、その揺れが自分の意志の弱さではなく、アンカリングをはじめとする人間共通のクセだと教えてくれます。名前がつくと、揺れている最中の自分を一歩引いて眺められるようになります。
僕自身、含み益率を判断から外すと決められたのは、この本で「基準値に引きずられる」という仕組みを知ったからでした。
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